エステ会社を始めるまでの長い道のり
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44歳になって、もう安全な道を歩んでいけばいいのに、なぜ私はエステ会社なんて始めてしまったのか。今思えば、この選択に至るまでには長い布石があったのかもしれません。
不動産営業で7年間、汗と涙にまみれて働きました。月末になると数字に追われ、顧客の人生を左右する大きな買い物の責任を背負い続けました。でも、その中で学んだのは「人の人生の転機に寄り添う仕事の価値」でした。家を買うという経験は、その人の人生設計そのものです。私は単に物件を売っているのではなく、その人の未来を一緒に描いているのだと感じていました。
その後、M&Aの世界に足を踏み入れました。企業の売買という、もっと大きな金額とスケールの世界でした。経営者の血と汗の結晶である会社を、次の経営者にバトンタッチする。そこにはドラマがありました。創業者の想い、従業員の不安、買い手の野心。すべてが複雑に絡み合った人間模様を目の当たりにしました。
医療コンサルに転じたのは、もっと直接的に人の役に立ちたいと思ったからでした。医療機関の経営改善を通じて、最終的には患者さんのためになる仕事がしたかったのです。クリニックや病院の経営者と向き合い、数字を改善し、より良い医療サービスを提供できる体制を作る。やりがいはありましたが、どこかで「自分の会社でやってみたい」という想いが芽生えていました。
なぜエステだったのか。医療コンサルをやっている中で、美容医療の分野にも関わることが多かったのです。美容皮膚科やクリニック。そこで気づいたのは「美しくなりたい」という人の根源的な欲求の強さでした。しかも、医療とは違って、エステは「なくてはならないもの」ではありません。でも、だからこそ「本当に価値を感じてもらえるサービス」を作れば、お客様に心から喜んでもらえるのではないか。正直に言うと、この考えは今思えば甘すぎました。
不動産で人の人生の転機を支え、M&Aで企業の転機を見届け、医療で健康を支える。次は「美」を通じて、人の自信や喜びを支えてみたい。そんな想いが、40代の私を突き動かしました。私の場合、この年齢になって「今しかない」という焦りのような感情が強かったのかもしれません。
起業への踏ん切りと最初の高揚感
春、私は妻に言いました。「エステ会社を始めようと思う」。妻の顔が曇ったのを今でも覚えています。「また転職するの」「今度は安定した会社じゃないの」。そうではない、今度は自分の会社を作るのだと説明したとき、妻の表情はもっと複雑になりました。
44歳での起業。子どもはまだ中学生と高校生。教育費もこれからかかります。住宅ローンもまだ20年近く残っている。客観的に考えれば、無謀としか言いようがない選択でした。でも、私の中では「今しかない」という想いが強かったのです。50歳になったら、もう遅い。体力も気力も、今が最後のチャンスだと感じていました。
起業準備は想像以上に大変でした。まず場所探し。エステサロンは立地が命ですから、人通りの多い商業地区で探しました。家賃は月30万円。保証金は6か月分の180万円。内装工事費は300万円。機器導入費は200万円。開業前から、すでに700万円近い初期投資が必要でした。実際にやってみると、当初の見積もりより100万円以上オーバーしてしまいました。
妻は最後まで反対していました。「なんで今まで築いてきたキャリアを捨てるの」「失敗したらどうするの」。その度に私は「大丈夫だから」と答えていましたが、正直、根拠なんてありませんでした。ただ、やってみたかった。自分の手で事業を作り上げて、お客様に直接価値を提供してみたかったのです。
8月、ついにサロンがオープンしました。内装も機器も、すべて自分で選んだものでした。白を基調とした清潔感のある空間。最新の痩身機器と美顔器。スタッフは私を含めて3人でスタートしました。
オープン初日、花束を持った友人たちが来てくれました。「すごいじゃん」「立派なサロンだね」。その瞬間、私は心の底から「やったぞ」という達成感を味わいました。これが自分の会社なのです。これが自分の城なのです。この高揚感は、今思い返しても鮮明に覚えています。
現実の壁 最初の月末に突きつけられた厳しい数字
オープンから2週間は、知り合いや友人の紹介で、それなりにお客様が来てくれました。体験コースを受けて、「すごく良かった」と言ってくれる方も多かったのです。私は「これはいけるかもしれない」と思いました。甘かったです。
8月末、最初の月次集計をしたとき、私は愕然としました。売上は28万円。一方で、家賃30万円、人件費35万円、広告費10万円、その他諸経費15万円。支出は90万円を超えていました。赤字62万円。
「まあ、最初の月だからな」と自分に言い聞かせました。でも、内心では冷や汗が出ていました。9月は少しマシになるはず。そう思って、広告にもっとお金をかけました。ホットペッパービューティーに月15万円のプランで掲載し、Instagram広告にも5万円投入しました。
9月の売上は45万円に上がりました。「やっぱり」と思った瞬間もありましたが、広告費を増やした分、支出も105万円に膨らんでいました。赤字は60万円。ほとんど変わりません。ぶっちゃけ、このとき初めて本当にヤバいかもしれないと思いました。
このとき初めて、本当の恐怖を感じました。売上を上げるために使った広告費が、利益を圧迫している。でも広告を止めれば、売上はもっと下がるかもしれません。完全にジレンマに陥っていました。
夜中、一人でサロンの帳簿を見つめながら、「これはやばいかもしれない」と思いました。でも、まだ2か月目です。軌道に乗るまで時間がかかるのは当然です。そう自分に言い聞かせて、3か月目に向かいました。正直に言うと、現実逃避していた部分もあったと思います。
固定費という名の重い鎖
エステサロンを経営してみて初めて分かったのは、固定費の恐ろしさでした。売上がゼロでも、毎月確実に出ていくお金があります。それも、決して少なくない額です。
家賃30万円。これは一番重いものでした。立地の良い場所を選んだからこそですが、毎月確実に30万円が消えていきます。売上が20万円しかない月でも、30万円は払わなければなりません。大家さんは私の事情なんて関係ありません。私の周りでも、10人の経営者のうち6人は家賃の重さで苦労していました。
人件費はさらに重いものでした。エステティシャン2人の給料で月35万円。社会保険料を含めると40万円を超えます。彼女たちには生活があります。私の経営がうまくいかないからといって、給料を下げるわけにはいきません。
広告費も固定費のようなものでした。ホットペッパービューティーの掲載料は月15万円。これを止めれば新規のお客様は来なくなります。Instagram広告、Google広告、合わせて月10万円。これも止められません。実際にやってみると、広告を1か月止めただけで新規客は8割減少しました。
その他の諸経費。電気代、水道代、電話代、保険料、消耗品費。細かいものを合わせると月15万円程度。1つ1つは小さくても、積み重なれば大きな負担になります。
毎月、確実に100万円近いお金が出ていきます。売上が50万円でも100万円出ていく。売上が30万円でも100万円出ていく。これが固定費の現実でした。
夜中に電卓を叩きながら、「損益分岐点は月120万円か」とつぶやきました。でも現実の売上は50万円前後。あと70万円も売上を上げなければなりません。1日あたり2万3千円。これがどれだけ高いハードルか、やってみて初めて分かりました。
毎月末になると、支払いの準備で憂鬱になりました。家賃、人件費、広告費。これらの支払いのために、毎月自分の口座から60万円、70万円を持ち出さなければなりませんでした。創業時に準備した資金は、滝のように流れ出ていきました。最初は全然うまくいかなくて、本当に焦りました。
通帳残高が減っていく恐怖と絶望感
創業時、私は自己資金として1000万円を準備していました。医療コンサル時代に貯めた貯金と、退職金、そして住宅ローンを一部借り換えて捻出した資金でした。「1000万円あれば当面は大丈夫だろう」と高をくくっていました。
開業から3か月後の11月末、通帳残高は720万円になっていました。3か月で280万円が消えました。単純計算すると、毎月93万円のペースで資金が減っています。このペースでいけば、1年で資金は底をつく計算でした。
12月は少し持ち直して、赤字を50万円に抑えることができました。年末年始の特別キャンペーンが功を奏したのです。「やっぱり施策次第で変わるんだ」と希望を持ちましたが、1月は反動で売上が大幅に下がりました。おそらく12月に前倒しで来店していただいたお客様が多かったからです。1月の赤字は75万円に膨らみました。
2月末の通帳残高は595万円。開業から半年で、405万円が消えていました。毎晩、通帳を見ては「まだ600万円近くある」と自分を慰めていましたが、減少ペースは止まりませんでした。
3月、桜が咲く頃、私は初めて本気で「このままではまずい」と思いました。通帳残高は520万円。1000万円から始まって、もう半分になってしまいました。
毎月の赤字額をExcelでグラフにしてみました。綺麗な右肩下がりの直線でした。このトレンドが続けば、年内には資金が底をつきます。そのとき初めて、起業の現実を突きつけられた気がしました。
夜中、一人で数字とにらめっこしていると、心臓がバクバクしてきました。「このまま資金が尽きたらどうしよう」「スタッフの給料が払えなくなったらどうしよう」「家族にどう説明しよう」。不安が不安を呼んで、眠れない夜が続きました。私の場合は、特に午前3時頃になると急に不安が襲ってきて、朝まで一睡もできないことが週に2〜3回ありました。
朝起きて、まず通帳の残高を確認するのが日課になりました。昨日より減っているのは当然なのに、減った金額を見る度に胃が痛くなりました。お客様の前では笑顔を作っていましたが、内心では常に数字のことが頭から離れませんでした。
家族への申し訳なさと言えない苦しみ
一番つらかったのは、家族に本当のことを言えないことでした。妻は時々「サロンの調子はどう」と聞いてくれましたが、私はいつも「まあ、ぼちぼちかな」とごまかしていました。毎月60万円、70万円の赤字を出していることなんて、とても言えませんでした。
子どもたちは中学3年と高校2年。下の子はちょうど受験生で、塾の費用もかかっていました。上の子も来年は大学受験です。そんな時期に「お父さんの会社が赤字で大変なんだ」なんて言えるわけがありませんでした。
妻は私の様子がおかしいことに気づいていたと思います。以前より口数が少なくなったし、スマホで通帳アプリばかり見ていました。でも、直接は何も言いませんでした。もしかしたら、察していたのかもしれません。
ある晩、妻が「最近疲れてるみたいだけど、大丈夫」と心配そうに聞いてきました。その優しさが、逆に胸に刺さりました。「ああ、大丈夫だよ。新しい事業だから、色々と覚えることが多くて」と答えましたが、声が震えそうになりました。
住宅ローンの支払いは毎月12万円。これまでは何でもない金額でしたが、毎月70万円の赤字を出している状況では、12万円も重く感じられました。光熱費、食費、子どもたちの学費。家庭の支出も毎月30万円以上かかります。
事業の赤字と家庭の支出を合わせると、毎月100万円のペースでお金が出ていきます。収入はゼロ。完全に貯金を切り崩して生活している状況でした。
子どもが「今度の修学旅行、8万円かかるんだって」と言ったとき、一瞬「8万円か」と考えてしまった自分が情けなくなりました。以前なら何の迷いもなく「分かった」と言えたのに、今は8万円でも重く感じる。そんな自分が嫌でした。
夜中、家族が寝静まった後、一人でリビングに座って考えることが多くなりました。「このまま続けていいのか」「家族に迷惑をかけているのではないか」「サラリーマンに戻った方がいいのではないか」。
でも、「サロンをやめる」と家族に言うことは、「失敗した」と認めることでした。それがどうしてもできませんでした。意地なのか、プライドなのか、それとも単なる現実逃避なのか。自分でもよく分からませんでした。正直に言うと、ただのプライドだったのかもしれません。
それでも止められない経営者の心理
毎月赤字を出し続けて、貯金はみるみる減っていきます。客観的に見れば、撤退するのが合理的な判断でした。でも、私にはどうしても「辞める」という選択ができませんでした。
理由の一つは、スタッフへの責任感でした。エステティシャンの山田さんと田中さんは、私の事業に賭けて前の職場を辞めて来てくれました。特に山田さんは、大手サロンの店長をやっていたのに、私の理念に共感して来てくれた人でした。
「私たちがいるから経営が苦しいのかも」と山田さんが心配そうに言ったとき、「そんなことは絶対にない。君たちがいるから頑張れるんだ」と答えました。それは嘘ではありませんでした。彼女たちの技術とお客様への真摯な姿勢を見ていると、この事業には価値があると信じることができました。
お客様からの評価も悪くありませんでした。Googleの口コミは平均4.6点。「こんなに丁寧なサロンは初めて」「結果が出て嬉しい」といったコメントをいただくと、やめるわけにはいかないと思いました。実際にやってみると、お客様の満足度は確実に高かった。問題は、そのお客様の数が圧倒的に足りないことでした。
問題は集客でした。サービスの質には自信があるのに、お客様に知ってもらう機会が少ない。広告費をかけても、思うように新規のお客様は増えません。リピート率は80パーセントと高いのに、母数が少ないから売上に結びつかないのです。
「もう少しだけ続けてみよう」「来月は変わるかもしれない」「このキャンペーンがうまくいけば」。毎月そう思いながら、ずるずると赤字を続けてしまいます。これが経営者の心理なのかもしれません。
ある経営者の先輩に相談したとき、「撤退の判断が一番難しいんだよ」と言われました。「もう少し頑張れば好転するかもしれないという期待と、これ以上続けると傷が深くなるという恐怖。その狭間で決断しなければならない」。
私の場合、まだ1年も経っていないのに撤退するのは早すぎると思っていました。エステサロンは、お客様との信頼関係を築くのに時間がかかる業界です。効果を実感してもらうのにも時間がかかります。1年で判断するのは性急ではないか。
そんな理由をつけて、私は続けることを選択し続けました。合理的な判断ではなかったかもしれません。でも、簡単に諦められない何かがありました。それが経営者としての意地なのか、単なる意固地なのかは、今でもよく分からないのです。
持ち出しが続く日々の重圧
状況は少しずつ改善してきました。といっても、赤字が70万円から50万円になった程度ですが、それでも改善は改善でした。お客様の紹介でお客様が増えるケースが出てきましたし、リピート率も上がってきました。
でも、毎月50万円の持ち出しが続くのは、精神的にかなりきつかったです。開業から1年で、累積赤字は700万円を超えていました。当初の自己資金1000万円は、もう300万円を切っている状況でした。
「あと半年持つかどうか」という状況になって、初めて追加資金の調達を考えました。日本政策金融公庫に創業融資の申し込みをしました。面談では「売上の推移はどうですか?」「今後の見通しは?」と聞かれましたが、正直に答えるのがつらかった。
幸い、300万円の融資を受けることができました。これで当面の資金繰りは改善しましたが、借金を背負うことになりました。毎月の返済は8万円。固定費がまた増えることになります。
融資を受けた日の帰り道、複雑な気持ちでした。資金調達ができたことはホッとしましたが、借金をしてまで続ける事業なのかという疑問も湧きました。でも、ここまで来て諦めるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせました。
持ち出しが続く中で、私の生活も大きく変わりました。以前は月に3〜4回飲みに行っていましたが、それも控えるようになりました。服も必要最小限しか買わない。車も、そろそろ買い替え時期でしたが延期しました。
子どもたちには申し訳ないと思いながらも、お小遣いや習い事の費用も見直しました。「お父さんの仕事が大変な時期だから」と説明しましたが、具体的なことは言えませんでした。
妻も私の状況を察してか、パートの時間を増やすと言ってくれました。「家計の足しになるから」と言ってくれましたが、本来なら私がしっかり稼いで、妻にはゆとりある生活をさせてあげたかった。情けなくて仕方ありませんでした。
毎月の持ち出しのたびに、通帳から現金を引き出すのが憂鬱でした。ATMで50万円を引き出すとき、「また50万円減った」と思うと胃が痛くなりました。でも、スタッフの給料や家賃を払わないわけにはいかない。
現在の状況と投資回収の見通し
開業から1年と3か月が経ちました。売上は月70万円程度まで伸びてきましたが、まだ損益分岐点には達していません。毎月の赤字は30万円程度に縮小しましたが、それでもまだ赤字は赤字です。
累積の赤字は800万円を超えています。当初の自己資金1000万円と、借り入れた300万円を合わせて1300万円投資しましたが、回収できているのは500万円程度。まだ800万円の投資が未回収の状態です。
客観的に見れば、まだまだ厳しい状況です。でも、確実に改善の兆しは見えています。お客様の満足度は高く、口コミで新規のお客様が来てくれることも増えました。リピート率は85%まで上がりました。私の周りの同業者10人と比較しても、85%という数字は上位3番以内に入る高さです。
スタッフの山田さんは「最近、お客様から『ここに来て本当に良かった』と言っていただくことが多くて、やりがいを感じます」と言ってくれます。田中さんも「最初は不安でしたが、今はこのサロンに来て良かったと思っています」と話してくれました。
でも、投資の回収については、正直まだ見通しが立ちません。現在のペースで改善が続けば、来年中には黒字化できるかもしれません。でも、800万円の累積赤字を回収するには、その後何年かかるか分かりません。
妻にも、少しずつ本当のことを話すようになりました。「実は、まだ赤字が続いている」と打ち明けたとき、妻は「薄々感づいてた」と言いました。そして「でも、あなたが頑張っているのは分かるから、もう少し様子を見ましょう」と言ってくれました。
子どもたちにも、「お父さんの会社は、まだ軌道に乗っていない」ということを話しました。上の子は「大変なんだね」と言いながらも、「でも自分の会社があるって、すごいと思う」と言ってくれました。その言葉に、少し救われた気がしました。
それでも独立してよかったと思う理由
毎月赤字を出し続けて、貯金は底をつき、家族に心配をかけて、それでも私は「独立してよかった」と思っています。なぜそう思えるのか、自分でも不思議に思うことがあります。
一番大きいのは、「自分の人生を自分で決めている」という実感です。サラリーマン時代は、どんなに頑張っても、最終的な決定権は自分にはありませんでした。上司の方針、会社の戦略、クライアントの要望。常に誰かの決定に従って働いていました。
今は違います。すべての決定権は自分にあります。どんなサービスを提供するか、どんなスタッフを雇うか、どんなお客様をターゲットにするか。すべて自分で決められます。失敗しても自分の責任だし、成功すれば自分の手柄です。
お客様から直接「ありがとう」と言ってもらえることの喜びも大きいです。先日、3か月通ってくださったお客様が「本当に変わりました。自分に自信が持てるようになりました」と涙を浮かべて話してくれました。その瞬間、赤字のことなんてどうでもよくなりました。
スタッフと一緒に事業を作り上げていく充実感もあります。山田さんと田中さんと、毎日お客様のことを話し合い、サービスを改善し、少しずつ良いサロンを作っています。この一体感は、サラリーマン時代には味わえませんでした。
失敗から学んだことも多いです。資金繰りの厳しさ、固定費の重さ、集客の難しさ。これらはすべて身を持って体験した生きた知識です。もし次に事業を始めることがあれば、今度はもっとうまくやれる自信があります。
44歳で初めて起業したことで、「まだこんなことができるんだ」という自信もつきました。周りからは「無謀だ」と言われることもありましたが、実際にやってみて、不可能ではないことが分かりました。失敗するリスクはありますが、挑戦する価値はあります。
家族との関係も、以前より良くなった気がします。私の苦労を見て、妻も子どもたちも、お金の大切さや仕事の大変さを理解してくれるようになりました。以前より家族の会話が増えたし、お互いを思いやる気持ちが強くなりました。
経営者として学んだこと
1年以上赤字経営を続けてみて、経営の本質的な難しさを理解しました。売上を上げることの難しさ、コストをコントロールすることの重要性、そして何より、継続することの価値。
集客について言えば、お金をかければお客様が来るわけではないことがよく分かりました。ホットペッパービューティーに月15万円かけても、来店につながらないことは多い。大切なのは、来ていただいたお客様に本当に満足してもらい、口コミで広げてもらうことでした。私の場合は、新規客の10人のうち7人は既存客からの紹介になっています。
コスト管理については、固定費の怖さを痛感しました。売上が下がっても固定費は下がらない。だからこそ、固定費は慎重に設定しなければなりません。家賃、人件費、広告費。これらの組み合わせで損益分岐点が決まってしまいます。
人材の重要性も改めて感じました。山田さんと田中さんがいなければ、とっくに事業をたたんでいたかもしれません。彼女たちの技術力と人柄があるからこそ、お客様に満足していただけています。良いスタッフを採用し、維持することが事業成功の鍵です。
資金繰りについては、想定以上に資金が必要だということを学びました。売上が立つまでの期間、赤字が続く期間、すべて当初の予想より長かった。資金準備は、最悪のケースを想定して、十分すぎるくらい用意しておくべきでした。実際にやってみると、当初の見積もりの1.5倍は必要でした。
そして何より、経営者は孤独だということを実感しました。最終的な責任はすべて自分が負わなければなりません。スタッフにも家族にも相談できないことが多い。この孤独感に耐えられるかどうかが、経営者の資質の一つかもしれません。
44歳での独立に対する想い
44歳での独立について、今も複雑な想いを抱いています。もっと若いときに始めていれば、失敗しても立ち直る時間があったかもしれません。でも、44歳だからこそ持っている経験値や人脈も活かせています。
体力的にはきついです。朝から夜まで働いて、帰宅後も経理や集客の勉強をする日々。20代、30代の頃なら何でもなかったかもしれませんが、40代にはこたえます。でも、気力は衰えていません。むしろ、「最後のチャンス」という想いが、強いモチベーションになっています。
家族の理解を得るのが一番大変でした。子どもの教育費、住宅ローン、親の介護。40代は一番お金がかかる時期です。そんな時期に安定収入を捨てて起業するのは、家族にとっても大きな負担でした。
でも、子どもたちには良い影響もあったと思います。「お父さんは自分の夢を追いかけている」という姿を見せることができました。安定した会社員でい続けることも大切ですが、挑戦することの価値も伝えられたのではないか。
周りの友人からは、「すごいね」と言われることも多いですが、内心では「心配だな」と思われていることも分かります。同世代の多くは、安定した会社で順調にキャリアを積んでいます。そんな中で独立するのは、やはり異端なのかもしれません。私の大学時代の友人10人のうち、起業しているのは私だけです。
でも、50歳、60歳になって「あのとき挑戦しておけばよかった」と後悔するより、今挑戦して失敗する方がいい。そう思って決断しました。結果はまだ出ていませんが、挑戦したこと自体に価値があると信じています。
未来への展望と覚悟
現在も赤字は続いていますが、確実に改善の兆しは見えています。来年中には黒字化を達成したい。そして、投資した800万円を回収するまでは、絶対にあきらめない。そう決めています。
お客様からいただく「ありがとう」の言葉が、私の原動力です。先日も、「ここに通い始めてから、人生が変わった」と言ってくださるお客様がいました。そんな言葉を聞くと、どんなに苦しくても続けていこうと思えます。
スタッフとの関係も、ただの雇用関係を超えた仲間意識が生まれています。山田さんも田中さんも、「このサロンを一緒に成功させよう」という気持ちで働いてくれています。この仲間がいる限り、私は頑張れます。
将来的には、2店舗目、3店舗目の展開も考えています。まずは1店舗目を安定させることが先決ですが、いずれは「あのとき頑張ってよかった」と言える日が来ると信じています。
家族に対しても、いつか恩返しをしたいです。今は迷惑をかけていますが、事業が軌道に乗れば、今まで以上に豊かな生活をさせてあげられます。妻にも、パートを辞めて好きなことをする時間を作ってあげたい。
44歳で始めた挑戦だから、そう長い時間はありません。でも、残りの人生をかけても、この事業を成功させたい。毎月赤字で苦しんでいますが、それでも「やってよかった」と心から思っています。これが私の偽らざる気持ちです。
独立することで失ったものも多いですが、得たものはそれ以上に大きいです。自分の可能性を信じて挑戦する勇気、失敗を恐れない強さ、そして何より、自分の人生は自分で決めるという確固たる意志。これらは、お金では買えない財産だと思っています。
正直に言うと、まだ成功したとは言えません。でも、この挑戦を通じて得た経験と学びは、私の人生において何物にも代えがたい価値があります。たとえ最終的に失敗に終わったとしても、この1年間は私にとって最も濃密で意味のある時間でした。


