19歳から25年以上投資を続け、不動産営業から独立・起業を果たした44歳の私が、人生の転機で投資がどれほど心の支えになったかをお話しします。会社員を辞めて収入が不安定になった時、株式の含み益と配当金がどれだけ精神的な安心をもたらしてくれたか。投資を続けてきたからこそ冷静に事業判断ができ、経済的自由への道筋が見えてきた実体験を率直にお伝えしたいと思います。
19歳で始めた投資が、25年後に人生を変えた
2001年、私が19歳の時に投資を始めたきっかけは、正直に言うと軽い気持ちでした。大学生だった私は、アルバイト代の一部を株式市場に投じてみたのです。当時はインターネット株取引が始まったばかりの時代で、手数料も今より高く、情報も限られていました。
最初に買った株は、確か光通信だったと思います。ITバブルの真っ只中で、ハイテク株なら何でも上がる時代でした。投資を始めて数ヶ月で、元本が1.5倍になったときは興奮しました。投資って簡単だなと思ったのも束の間、2001年3月にITバブルが崩壊し、私の資産は一気に半分以下になりました。
当時の私は、この損失に打ちひしがれるどころか、逆に興味を持ちました。なぜこんなに価格が動くのか、市場とは何なのかという疑問が湧いてきたのです。大学の図書館で投資関連の本を読み漁り、決算書の読み方を覚え、企業分析の方法を学びました。
バイト代から毎月2万円ずつ積み立てを始めました。2万円という金額は、大学生にとって決して小さくありませんでしたが、将来への投資だと思って続けました。友人たちが飲み会や旅行にお金を使っている中、私は株式市場に投資し続けました。変わってるねと言われることもありましたが、なぜか続けられたのです。
2003年に就職活動を始める頃、投資を始めて2年が経過していました。ITバブル崩壊の影響で含み損を抱えていましたが、積み立てを続けていたおかげで、徐々に平均取得価格が下がり、市場が回復するにつれて損益分岐点に近づいていました。実際にこの体験をしてみると、暴落時でも継続することの重要性が身に染みて分かりました。
就職先として不動産会社を選んだのも、投資を続けていたからこそでした。金融市場と不動産市場の両方を理解できれば、より深い投資判断ができると考えたからです。同期の私の周りでは10人中8人が大手メーカーや商社を志望する中、私は迷わず不動産業界を選択しました。
不動産営業7年で見た、お金の現実と投資の重要性
2004年から2011年まで、私は都内の不動産会社で営業として働きました。7年間で、お金に対する考え方が根本的に変わりました。不動産営業は、顧客の資産状況や投資判断を間近で見る仕事です。数千万円、時には億単位の取引を日常的に扱う中で、お金の本質について多くのことを学びました。
印象的だったのは、2006年頃の投資用マンションブームです。年収500万円程度のサラリーマンが、フルローンで2000万円の投資用マンションを購入するケースが続出しました。私の経験では、そうした顧客の10人中7人が「家賃収入で返済できるから安心」という甘い言葉に乗せられ、リスクの高い投資に手を出していました。
私自身も営業成績を上げるため、こうした案件を積極的に提案していました。しかし、株式投資を続けていた経験から、これは危険だという直感がありました。不動産価格は当時のピークに近く、金利上昇リスクや空室リスクを考えると、リターンに見合わないリスクがあると感じていたのです。正直に言うと、お客さんには勧めながら自分では絶対に買わないと思っていました。
案の定、2008年のリーマンショックで不動産市場は暴落しました。投資用マンションを購入した顧客の多くが、含み損を抱えることになりました。家賃収入だけでは月々のローン返済ができず、毎月数万円の持ち出しが発生するケースも多発しました。私が担当したお客さんの中でも、10人中4人がこの状況に陥りました。
一方、私自身の株式投資はどうだったかというと、リーマンショックで大きな含み損を抱えました。2007年10月のピーク時には、含み損が投資元本の6割に達したこともありました。しかし、不動産営業の経験で安く買って長期保有することの重要性を理解していた私は、慌てて売却することはありませんでした。
むしろ、株価が暴落した2009年初頭から積立額を月3万円に増額しました。不動産営業で得た手数料収入の一部を、暴落した優良株に投資し続けたのです。トヨタ自動車が3000円台、三菱UFJフィナンシャル・グループが300円台で買えた時期でした。正直に言うと、怖くて震えながら買っていましたが、今思えばあの時期の投資が私の人生を変えました。
2010年頃から市場が回復し始めると、私の投資成績も劇的に改善しました。リーマンショック前の水準を上回り、さらに上昇を続けました。実際にやってみると、市場の暴落は絶好の買い場であることを身を持って学びました。
不動産営業時代に学んだもう一つの重要なことは、労働収入だけに依存するリスクでした。営業成績が良い月は手取り50万円を超えることもありましたが、成績が悪い月は基本給の20万円程度しかもらえませんでした。私の同期10人の中でも、この収入の不安定さに耐えきれずに転職した人が3人いました。この体験が、投資による資産形成の必要性を強く実感させました。
独立への決断と、投資資産という心の支え
2011年、私は不動産会社を退職してM&A仲介会社に転職しました。より高度な金融知識を身につけたいと思ったからです。M&A仲介の仕事は、企業の価値を評価し、買収価格を決める仕事です。株式投資で培った企業分析能力が活かされる場面が多く、やりがいを感じていました。
しかし、2013年頃からいつかは独立したいという思いが強くなりました。会社員として安定した収入を得ていましたが、自分の能力を最大限に活かすには独立が必要だと感じ始めたのです。私の場合は、M&A案件で大きな成果を上げても、会社が手数料の大部分を持っていくことに疑問を感じるようになりました。
独立への不安は当然ありました。最大の不安は収入の安定性でした。会社員なら毎月決まった給料がもらえますが、独立すれば収入はゼロからのスタートです。生活費はどうするのか、事業が軌道に乗るまでの資金はどう確保するのか、考えれば考えるほど不安が募りました。
しかし、そんな時に心の支えになったのが、12年間続けてきた投資資産でした。2015年時点で、私の投資資産は約1200万円まで成長していました。これは元本ベースで約600万円を投資した結果で、含み益が約600万円ある状況でした。
年間の配当収入も40万円程度になっていました。月に直すと3万円程度ですが、これは働かなくても入ってくる収入です。生活費の一部を配当でカバーできることは、独立への大きな安心材料になりました。ぶっちゃけ、この3万円があるだけで心の余裕が全然違いました。
さらに重要だったのは、最悪の場合は投資資産を取り崩せるという選択肢があることでした。1200万円あれば、月20万円使ったとしても5年間は持ちこたえることができます。5年あれば何らかの収入源を確保できるだろうという計算でした。
2015年春、私はM&A仲介会社を退職し、医療コンサルタントとして独立しました。独立の理由は、M&A仲介で培った経験を活かして、医療機関の事業承継支援を行いたいと思ったからです。高齢化が進む中で、開業医の事業承継は大きな社会課題になっていました。
独立初日の朝、会社に行く必要がないという現実に戸惑いました。自由であると同時に、すべての責任が自分にかかってくるというプレッシャーを感じました。しかし、投資資産があることでしばらくは大丈夫という安心感があったのも事実です。
この安心感があったからこそ、短期的な収入に飛びつくことなく、じっくりと事業を構築することができました。投資資産がなければ、おそらく不安で眠れない日々が続いていたでしょう。最初は全然うまくいかなくて、本当に投資を続けていて良かったと痛感しました。
独立直後の試練と、配当金が与えてくれた希望
独立して最初の3ヶ月間は、文字通り収入ゼロでした。医療コンサルタントという仕事は信頼関係が重要で、すぐに案件が取れるものではありません。既存のネットワークを活用して営業活動を行いましたが、成果が出るまでには時間がかかりました。
2015年6月、独立して3ヶ月目のことです。銀行口座の残高が50万円を切り、さすがに焦りを感じ始めていました。営業活動は続けていましたが、まだ具体的な契約には至っていません。このまま収入がなかったらどうしようという不安が頭をよぎりました。正直に言うと、夜中に何度も目が覚めて、転職サイトを眺める日もありました。
そんな時、保有していた株式から配当金が振り込まれました。トヨタ自動車から5万円、NTTドコモから3万円、三菱UFJフィナンシャル・グループから2万円。合計で10万円の配当金でした。
この10万円は、金額以上の意味がありました。働いていなくても収入があるという事実が、精神的に大きな支えになったのです。投資を続けてきて本当に良かったと心から思いました。この10万円があることで、もう1ヶ月頑張れるという気持ちになれました。
7月にはJTから4万円、8月には保有していた米国株のコカ・コーラから2万円の配当が入りました。毎月のように配当が振り込まれることで、収入ゼロの状況でも精神的な余裕を保つことができました。実際にやってみると、配当金って金額以上に心の支えになるんですね。
そして9月、ついに最初のコンサルティング契約を獲得しました。月額20万円のコンサルティング料でした。決して高額ではありませんでしたが、独立後初の事業収入として非常に嬉しかったです。
この時期を振り返ると、配当金の存在がいかに重要だったかがよくわかります。もし投資資産がなく、配当収入もなかったら、おそらく3ヶ月で独立を諦めて転職活動を始めていたでしょう。投資を続けてきたからこそ、収入ゼロの期間を乗り越えることができたのです。
10月以降、コンサルティングの案件が徐々に増え始めました。紹介による新規案件が月に1件ずつ増え、年末には月収50万円程度まで回復しました。しかし、事業収入が安定するまでの半年間、配当金が精神的な支えになっていたことは間違いありません。
実際にこの体験をしてみると、投資の本当の価値は含み益ではなく配当にあることを実感しました。含み益は売却しなければ現金化できませんが、配当は確実に現金で受け取れます。事業が不安定な独立初期において、この安定したキャッシュフローがどれほど心強かったか、言葉では表現しきれません。
事業拡大と投資戦略の転換点
2016年から2018年にかけて、医療コンサルタント事業は順調に成長しました。開業医の高齢化に伴う事業承継需要が想像以上に大きく、口コミや紹介で顧客が増え続けました。年収は会社員時代の1.5倍程度まで上昇し、事業も軌道に乗りました。
収入が安定してくると、投資に回せる資金も増えました。2016年からは月10万円の積立投資を行い、2017年からは月15万円まで増額しました。独立前は月3万円程度だった積立額が、5倍に増えたことになります。私の場合は、収入が増えた分はすべて投資に回すと決めていました。
この時期に投資戦略も大きく転換しました。それまでは日本株中心でしたが、米国株の比重を徐々に高めていったのです。理由は単純で、米国企業の方が配当成長率が高く、長期的なリターンも期待できると判断したからです。
2016年に初めて購入した米国株は、ジョンソン・エンド・ジョンソンでした。50年以上連続で配当を増やし続けている企業として有名で、安定性と成長性を兼ね備えていると考えました。株価は1株120ドル程度で、配当利回りは2.8%でした。
コカ・コーラ、プロクター・アンド・ギャンブル、マクドナルドなど、連続増配企業を中心に米国株を買い増していきました。これらの企業は景気に左右されにくく、安定した配当を期待できる点が魅力でした。実際にやってみると、米国株は日本株より配当の安定性が高いと感じました。
2017年はトランプ相場で米国株が大きく上昇し、私の投資資産も大幅に増加しました。年末時点で投資資産は約2500万円に達し、年間配当収入も120万円を超えました。月10万円の配当収入があることで、生活費の大部分をカバーできる状況になりました。
この頃から経済的自由という概念を意識し始めました。配当収入だけで生活費をカバーできれば、働く必要がなくなります。まだそこまでには至っていませんでしたが、その可能性が見えてきたことで、人生に対する考え方が変わりました。
2018年春、私は個人事業から法人化に踏み切りました。事業規模が拡大し、税務上のメリットを考慮した結果です。法人化に伴い、投資資産の一部を法人に移管し、より効率的な資産運用体制を構築しました。
法人化によって事業の信頼性が向上し、より大型のプロジェクトを受注できるようになりました。年商は2000万円を超え、個人の年収も会社員時代の2倍以上になりました。しかし、収入が増えても投資への姿勢は変わりませんでした。むしろ、収入の増加分をすべて投資に回すことで、資産形成のスピードを加速させました。
投資があったからこそ可能になった冷静な事業判断
2018年から2019年にかけて、私の事業は大きな転換期を迎えました。医療コンサルタント事業に加えて、婚活・ライフスタイル系メディア「konkatsu.online」を立ち上げたのです。この新規事業への挑戦も、投資資産があったからこそ可能になったと言えます。
メディア事業への参入を決めた理由は、医療コンサルタント事業で培った経験を、より多くの人に伝えたいと思ったからです。人生の重要な選択において、経済的な視点から適切な判断を支援するコンテンツを作りたかったのです。ぶっちゃけ、安定した事業があるからこそ、新しいことに挑戦する余裕がありました。
しかし、メディア事業は収益化まで時間がかかる事業です。初期投資として数百万円が必要で、収益が出るまで1年以上かかる可能性がありました。もし投資資産がなければ、こうしたリスクの高い新規事業には手を出せなかったでしょう。
2019年時点で、私の投資資産は約3000万円まで成長していました。年間配当収入も150万円を超え、月12万円程度の安定したキャッシュフローを確保できていました。この配当収入があることで、新規事業の初期段階で収益がなくても生活に困ることはありませんでした。
メディア事業の立ち上げには、サイト制作費、サーバー代、記事制作費、マーケティング費用など、様々なコストがかかりました。初年度だけで約800万円の投資を行いましたが、これも投資資産の一部を売却することで賄いました。
投資資産があったからこそ、短期的な収益にこだわることなく、長期的な視点でメディア事業を育てることができました。記事の質を重視し、読者にとって本当に価値のあるコンテンツを作ることに集中できたのです。
2020年はコロナ禍で多くの事業が影響を受けましたが、私の場合は逆にチャンスになりました。医療コンサルタント事業は、医療機関のデジタル化支援で需要が増加し、メディア事業も在宅時間の増加で読者数が伸びました。私の周りでは10人中7人が売上減少に悩む中、私は逆に売上が伸びる結果となりました。
一方、株式市場は3月に大暴落を経験しました。私の投資資産も一時的に30%程度下落しましたが、過去の経験から「絶好の買い場」だと判断し、追加投資を行いました。現金で保有していた約500万円を、3月から4月にかけて株式投資に投じました。
この判断は結果的に正しく、市場の回復とともに投資資産は過去最高水準まで回復しました。年末時点で投資資産は約4500万円に達し、年間配当収入も200万円を超えました。
2021年は事業の多角化がさらに進みました。メディア事業が軌道に乗り、医療コンサルタント事業と合わせて年商3000万円を達成しました。投資資産も5000万円を超え、配当収入だけで年間250万円、月20万円を超える水準になりました。
この段階で、私は「セミリタイア」が視野に入ってきたと感じました。配当収入だけで基本的な生活費をカバーできる水準に達したからです。ただし、事業も順調で、やりがいも感じていたため、完全にリタイアする気はありませんでした。
会社員に戻りたいと思ったことがない理由
独立して10年近くが経ちますが、会社員に戻りたいと思ったことは一度もありません。その理由の大きな部分を、投資による資産形成が占めています。投資を続けてきたことで得られた経済的自由が、精神的な自由をもたらしてくれたからです。
会社員時代を振り返ると、毎月の給料が生活の全てでした。給料日前になると銀行口座の残高を気にし、ボーナスの金額に一喜一憂していました。収入の全てを労働に依存している状態では、真の自由はありません。会社の方針に従わざるを得ず、理不尽な要求でも受け入れなければなりませんでした。正直に言うと、上司の顔色を伺って生きている感じでした。
しかし、投資による配当収入があることで、この構造から解放されました。現在の配当収入は年間300万円を超え、月25万円程度の安定したキャッシュフローがあります。これは働かなくても得られる収入で、私の基本的な生活費をカバーできる水準です。
この経済的な基盤があることで、事業に対する考え方も変わりました。短期的な利益に追われることなく、本当にやりたいことに集中できるようになったのです。顧客のためにならない案件は断り、自分の価値観に合わない仕事は受けません。これは会社員時代には考えられなかったことです。
2022年現在、私の投資資産は約6000万円に達しています。年間配当収入は350万円を超え、月30万円近い安定収入があります。この水準になると、仕事は「生活のため」ではなく「自己実現のため」に行うものになります。
投資戦略も現在は高配当株中心にシフトしています。成長を追求するよりも、安定したキャッシュフローを重視する戦略です。米国の高配当ETFや個別の高配当株を中心に、配当利回り4%程度のポートフォリオを構築しています。
具体的には、VYM(バンガード米国高配当株式ETF)、SPYD(SPDR ポートフォリオS&P 500高配当株式ETF)、HDV(iシェアーズ・コア 米国高配当株 ETF)などの高配当ETFが投資資産の約60%を占めています。残り40%は、AT&T、ベライゾン、エクソンモービル、シェブロンなどの個別高配当株です。
この投資戦略の背景には、「配当収入で生活費をカバーし、事業収入は再投資に回す」という考えがあります。配当による安定収入があることで、事業で得た利益を全て成長投資に回すことができ、長期的な資産形成と事業拡大の両方を実現できています。
会社員に戻らない理由はもう一つあります。それは、投資を通じて身につけた「資本家の視点」です。会社員は労働者の視点でしかものを見ることができませんが、投資家は資本家の視点でビジネスを評価できます。この視点の違いが、事業判断や人生の選択において大きなアドバンテージになっています。
25年間投資を続けた人間が伝えたい本当のこと
19歳から44歳まで、25年間投資を続けてきた経験から言えることは、投資の本当の価値は「お金を増やすこと」ではなく「人生の選択肢を増やすこと」だということです。投資を続けることで得られる最大のリターンは、経済的自由がもたらす精神的自由なのです。
私の場合、投資を始めた19歳の時点では、将来独立することなど考えてもいませんでした。ただ何となく、お金を増やせたらいいなという軽い気持ちで始めただけです。しかし、25年間続けた結果、人生の選択肢が劇的に広がりました。
会社員を辞める決断ができたのも、新規事業に挑戦できたのも、短期的な収益にこだわらずに長期的な視点で事業を運営できるのも、すべて投資による経済的基盤があったからです。もし投資をしていなければ、おそらく今でも会社員として働いていたでしょう。
投資を続ける上で最も重要なのは、「時間を味方につけること」です。私の場合、25年間という長期間にわたって積立投資を続けたことで、複利の効果を最大限に活用できました。月2万円から始めた積立投資が、最終的に6000万円の資産を築くことができたのは、時間の力によるものです。
ITバブル崩壊、リーマンショック、コロナショックと、25年間で3回の大きな市場暴落を経験しました。その都度、投資資産は大幅に減少し、含み損を抱える期間もありました。しかし、積立投資を続けることで、暴落は「安く買える機会」に変わりました。最初は全然うまくいかなくて、何度も投資をやめようと思いましたが、続けて本当に良かったです。
特にリーマンショック後の2009年から2012年にかけて購入した株式は、現在大きな含み益を抱えています。当時は「もう株式市場は終わりだ」という悲観的な声も多く聞かれましたが、積立投資を続けた結果、最も大きなリターンを得る期間になりました。
現在の私の投資方針は、「配当成長株への長期投資」です。単純に配当利回りが高いだけでなく、継続的に配当を増やし続けている企業に投資しています。これらの企業は事業基盤が安定しており、長期的な成長が期待できるからです。
最近の投資先として印象的だったのは、マイクロソフトです。2019年に株価180ドル程度で購入しましたが、現在は300ドルを超えています。配当利回りは購入時点で1.8%程度でしたが、継続的な増配により現在の投資元本に対する配当利回り(YOC:Yield On Cost)は3%を超えています。
投資を続けることで学んだもう一つの重要なことは、「感情をコントロールすることの大切さ」です。市場が暴落すると不安になり、急上昇すると興奮します。しかし、感情に流されて投資判断を行うと、多くの場合失敗します。
私も初期の頃は感情的な投資判断で失敗を重ねました。2000年のITバブル時には「まだ上がる」と思って高値で買い、その後の暴落で大きな損失を出しました。逆に2009年の暴落時には「まだ下がる」と思って買い控え、絶好の投資機会を逃したこともあります。
これらの失敗を通じて、機械的に積立投資を続けることの重要性を学びました。市場の動向に関係なく、毎月一定額を投資し続ける。これが最も確実で、精神的な負担も少ない投資方法だと確信しています。
44歳になった今、私は投資を続けてきて本当に良かったと心から思います。お金が増えたことよりも、人生の自由度が高まったことが最大の収穫でした。会社員を辞めて独立した時、収入ゼロの不安な時期を乗り越えられたのも、新規事業に挑戦できたのも、すべて投資のおかげです。
これから投資を始める人に伝えたいのは、「完璧を求めず、とにかく始めること」です。私も最初は何もわからない状態で始めました。失敗もたくさんしましたが、続けることで徐々に理解が深まり、投資スキルも向上しました。重要なのは始めることであり、完璧な知識や大きな元本は必要ありません。
月1万円でも2万円でも構いません。積立投資を始めて、時間を味方につけることが最も重要です。25年後、きっと投資を始めて良かったと思える日が来るはずです。私の経験が、これから投資を始める人の参考になれば嬉しいです。


