19歳から投資を始めて25年。ITバブル崩壊もリーマンショックもコロナショックも、すべて経験してきました。ソフトバンク株から始まり、Appleで大きく勝ち、今は高配当株中心のポートフォリオへ。転職を繰り返し、サラリーマンを辞めて独立した今だから分かる、長期投資の本当の意味をお話しします。
19歳の私がソフトバンク株を買った理由
1999年、私は大学1年生でした。周りの友人がバイト代を遊びに使う中、なぜか私は株式投資に興味を持っていました。きっかけは父親が日経新聞を読んでいる姿を見ていたことと、当時話題になっていたITという言葉に漠然とした憧れを抱いていたことです。
当時のソフトバンクは、まさにIT革命の象徴でした。孫正義さんがテレビに出ているのを見て、この人はすごいことをやっていると直感的に感じたのを覚えています。株価は右肩上がりで、連日のようにニュースで取り上げられていました。
バイト代から貯めた10万円を握りしめて、近所の野村證券に向かいました。今思えば恥ずかしい話ですが、当時はネット証券なんてほとんど知られておらず、証券会社といえば店舗型が当たり前でした。スーツを着た営業マンにソフトバンクを買いたいと伝えたとき、少し驚かれたのを覚えています。19歳の学生が株を買いに来ることなんて、珍しかったのでしょう。
1999年の秋、私は人生初の株式投資として、ソフトバンク株を100株購入しました。株価は確か8,000円台だったと思います。手数料を差し引いて、ほぼ全財産の10万円が一瞬で株券に変わりました。その瞬間の高揚感は、今でも鮮明に覚えています。
購入後、株価はぐんぐん上昇しました。1999年から2026年にかけて、ソフトバンク株は信じられないほど値上がりしていきます。私の10万円は、あっという間に20万円、30万円と膨らんでいきました。毎日新聞の株価欄をチェックするのが日課になり、上がるたびに心が躍りました。
当時の私は完全に浮かれていました。投資って簡単じゃんと思い、このまま上がり続けるんじゃないかとそんなことを本気で思っていたのです。周りの友人にも株やったほうがいいよなんて偉そうに話していました。今思えば、典型的な初心者の勘違いでした。
ITバブル崩壊で味わった絶望
2026年、私は大学3年生になっていました。就職活動を控え、将来への漠然とした不安を抱えていた時期です。そんな中、私の投資人生で最初の大きな試練がやってきました。ITバブルの崩壊です。
2026年の春頃から、なんとなく雲行きが怪しくなってきました。連日上昇していたソフトバンク株が、たまに下がる日が出てきたのです。でも当時の私は一時的な調整だろうと楽観視していました。長期的には必ず上がる、そう信じて疑いませんでした。
ところが、下落は一時的なものではありませんでした。2026年の後半から2026年にかけて、ソフトバンク株は文字通り暴落しました。私が8,000円台で買った株が、6,000円、4,000円、そして2,000円台まで下がっていったのです。
毎日株価をチェックするのが辛くなりました。前日より500円下がった、今日は1,000円も下がった。そんな日々が続きました。最初は明日は上がるかもと期待していましたが、下がり続ける株価を見ているうちに、だんだん現実を受け入れざるを得なくなりました。
一番辛かったのは、周りの友人に相談できなかったことです。散々株はいいと言っていた手前、損していることを素直に打ち明けられませんでした。一人で抱え込んで、夜も眠れない日が続きました。バイト先でも上の空で、何度か注意されたこともありました。
2026年の夏、ソフトバンク株は最安値の2,000円台前半まで下がりました。私の投資資金は、10万円から3万円程度まで目減りしていました。7割の損失です。当時の私にとって、この損失は本当に大きなものでした。
売るべきか、持ち続けるべきか、毎日悩みました。就職活動も本格化する中、この損失をどう処理すべきかわからなくなっていました。結局、この時は売らずに持ち続けることにしましたが、それが正解だったのかは今でもわかりません。ただ、この経験で学んだことは確実にありました。投資は簡単ではない、ということです。
不動産営業時代の毎月積立という苦行
2026年に大学を卒業し、私は不動産会社の営業マンとして社会人生活をスタートしました。新卒の給料は手取りで18万円程度。東京で一人暮らしをしながら、毎月の生活費を捻出するのがやっとでした。それでも、大学時代のソフトバンク株の経験があったからか、投資だけは続けたいと思っていました。
不動産営業は想像以上に厳しい世界でした。朝8時から夜10時まで働くのは当たり前、土日も出勤が基本でした。成果が出なければ容赦なく叱責される毎日で、精神的にも肉体的にもボロボロでした。それでも、なんとか月3万円を投資に回すことを自分に課しました。
当時選んだのは、日経平均に連動するインデックスファンドでした。ソフトバンクの個別株で痛い目を見たので、もう少し安定した投資をしようと思ったのです。毎月25日の給料日に、まず投資用の3万円を別口座に移す。これが私のルールでした。
しかし、このルールを守ることがどれほど大変だったか。月末になると決まって生活費が足りなくなり、今月だけは投資をやめようかという誘惑に何度も襲われました。同期の飲み会に参加したいけれど、投資資金を確保したせいで参加費が足りない。そんなことが日常茶飯事でした。
特に辛かったのは2026年のリーマンショックの時期です。私はちょうど不動産営業5年目で、仕事にも慣れてきた頃でした。毎月の積立額も5万円に増やしていたのですが、リーマンショックで投資信託の基準価額が一気に半分近くまで下がりました。
5年間コツコツ積み立てた資金が、たった数ヶ月で大幅に目減りしました。300万円近くあった評価額が、一時期150万円台まで下がったのです。毎日基準価額をチェックするのが怖くなりました。職場でも不動産業界の先行きが不透明になり、ボーナスカットが発表されました。
もう投資なんてやめようそう思ったことは何度もありました。でも、なぜか続けてしまったのです。おそらく、大学時代のソフトバンク株の経験があったからでしょう。あの時も辛かったけれど、結局持ち続けて正解だったその後ソフトバンク株は徐々に回復していましたという記憶があったのです。
リーマンショック後の2026年、2026年は本当に苦しい時期でした。不動産営業の仕事も厳しくなり、転職を考え始めていました。それでも毎月の積立だけは続けました。むしろ、基準価額が下がっているときこそ多くの口数を買えるチャンスだと、無理やり自分に言い聞かせていました。
今振り返ると、この7年間の不動産営業時代が私の投資人生の基礎を作ったと思います。どんなに辛くても、どんなに相場が悪くても、毎月決まった金額を投資し続ける習慣。この習慣があったからこそ、その後の投資人生で大きなリターンを得ることができたのです。
AirPodsを見た瞬間、Appleに全力投資した日
2026年、私は転職してM&A仲介会社で働いていました。不動産営業を7年続けた後、もう少しスケールの大きな仕事がしたいと思っての転職でした。年収も上がり、毎月の投資額を10万円まで増やすことができていました。
9月のある日、Appleの新製品発表会のニュースを見ていたとき、私の人生を変える出会いがありました。AirPodsです。初めて映像を見た瞬間、これは革命的だと直感しました。ワイヤレスイヤホンという概念は以前からありましたが、あのデザイン、あの小ささ、そしてAppleという信頼性。すべてが完璧に思えました。
当時の私は、インデックスファンドの積立を中心とした堅実な投資を続けていました。個別株投資は、大学時代のソフトバンク以来、ほとんど手を出していませんでした。でも、AirPodsを見た瞬間、久しぶりにこの会社の株を買いたいという衝動に駆られたのです。
週末にApple Storeに行って、実際にAirPodsを試してみました。音質、接続の簡単さ、デザインの美しさ、すべてに感動しました。店員さんに聞くと、発売前から予約が殺到しているとのことでした。これは間違いなくヒット商品になると確信しました。
その日の夜、私は証券口座にログインしました。Apple株AAPLの株価を調べると、1株110ドル程度でした。為替レートを計算すると、日本円で約12,000円です。当時の私の投資可能資金から考えると、100株くらいは買えそうでした。
でも、100株では物足りませんでした。AirPodsに対する確信があまりにも強かったのです。結局、思い切って500万円をApple株に投資することにしました。それまでコツコツ積み立ててきたインデックスファンドの一部を売却して、資金を捻出しました。
2026年10月、私は約420株のApple株を購入しました。1株平均約118ドルでの購入でした。久しぶりの大きな個別株投資に、心臓がバクバクしていました。でも、後悔はありませんでした。AirPodsは必ずヒットする、そしてAppleの株価を押し上げるという確信がありました。
予想は的中しました。AirPodsは発売と同時に爆発的な人気を博し、常に品切れ状態が続きました。私の周りでも、次々とAirPodsを使う人が増えていきました。電車の中でも街中でも、白いイヤホンをつけた人をよく見かけるようになりました。
Apple株も順調に上昇しました。2026年には150ドルを超え、2026年には200ドルに到達しました。私の投資元本500万円は、2年足らずで800万円を超えていました。300万円以上の含み益です。これまでの投資人生で最大の成功でした。
しかし、2026年の年末から2026年にかけて、Apple株は一時的に大きく下落しました。中国経済の減速懸念やiPhoneの販売台数減少が嫌気されたのです。株価は一時140ドル台まで下がり、私の含み益も大幅に縮小しました。
それでも、私はApple株を持ち続けました。AirPodsの人気は依然として高く、Apple Watchやサービス事業も好調でした。一時的な調整はあっても、長期的にはAppleの成長は続くと信じていました。そして実際に、2026年後半からApple株は再び上昇トレンドに転じました。
サラリーマンを辞める決断とApple株売却
2026年、私は人生の大きな転換点を迎えていました。M&A仲介会社で3年働いた後、医療コンサルタントとして独立することを決意したのです。安定したサラリーマン生活を手放して、フリーランスとして新しいキャリアを歩む決断でした。
独立にあたって最も心配だったのは、収入の不安定さでした。サラリーマン時代は毎月決まった給料が入ってきましたが、独立後は案件次第で収入が大きく変動します。最初の数ヶ月は収入がゼロになる可能性も覚悟していました。
そこで私が決断したのが、Apple株の売却でした。2026年に500万円で購入したApple株は、2026年末時点で約1,200万円まで成長していました。700万円の利益です。この利益を独立後の生活資金として活用することにしました。
Apple株を売る決断は、正直言って迷いました。まだまだ成長する余地があると思っていましたし、実際にその後も株価は上昇を続けました。でも、人生の新しいステージに進むための資金として活用することも、投資の一つの出口戦略だと考えました。
2026年1月、私はApple株の大部分を売却しました。売却タイミングとしては絶妙でした。その直後にコロナショックが発生し、一時的に株価が大幅に下落したからです。結果論ですが、最高のタイミングで売ることができました。
Apple株の売却益を含めて、独立時点で私は約2,000万円の投資資産を持っていました。20年間の投資活動の成果でした。このうち1,200万円は生活防衛資金として預金に回し、残りの800万円で新しい投資戦略を開始することにしました。
独立後の投資方針として、私が選択したのは高配当株投資でした。これまでのような成長株投資から、安定したキャッシュフローを重視する投資への転換です。収入が不安定になる以上、投資からの配当収入で生活の安定性を確保したいと考えました。
この決断の背景には、20年間の投資経験から得た教訓がありました。ITバブル崩壊もリーマンショックも経験し、どんな優良株でも短期的には大きく変動することを身をもって知っていました。一方で、配当を出し続ける優良企業は、株価が下落しても配当収入は比較的安定しています。
独立という人生の大きな挑戦にあたって、投資戦略も大きく舵を切った2026年。この年は私にとって、投資人生の第二章の始まりでもありました。
コロナショックで再び味わった恐怖
2026年3月、独立してわずか2ヶ月後に、私は再び投資人生で最大級の試練を迎えることになりました。コロナショックです。Apple株を売却してほっとしていた矢先、今度は新しく構築していた高配当株ポートフォリオが激震に見舞われました。
2026年2月末から始まった株価の暴落は、リーマンショック以上の衝撃でした。私が購入していた米国高配当株ETFのVYMやHDV、個別株のコカ・コーラやジョンソン・エンド・ジョンソンなどが軒並み30パーセント以上も下落しました。わずか1ヶ月で800万円の投資資金が500万円台まで目減りしたのです。
ーラやジョンソン・エンド・ジョンソンなど、これまで安定していると思っていた銘柄も例外なく下落しました。
特に印象的だったのは3月23日でした。この日、ダウ平均株価は前日比2,997ドル安の18,591ドルまで暴落しました。私のポートフォリオも一日で100万円以上の含み損が拡大しました。朝起きて証券アプリを確認したとき、目を疑いました。
独立したばかりで収入が不安定な中、投資資産も大幅に目減りする。精神的には非常に厳しい状況でした。コロナの影響で医療コンサルタントとしての案件も次々と延期になり、収入の見通しが立たなくなりました。投資どころか、生活資金の心配をしなければならない状況でした。
それでも、過去の経験が私を支えました。ITバブル崩壊のとき、リーマンショックのとき、どちらも最初は絶望的に思えましたが、時間が経つにつれて市場は回復しました。コロナショックも同じではないかと思い始めました。
むしろ、この下落は絶好の買い場だと判断しました。VYMが40ドル台前半まで下がったとき、HDVが70ドル台まで下がったとき、これらの価格は明らかに割安だと感じました。配当利回りも一時的に5%を超えていました。
生活防衛資金の一部を使って、私は追加投資を実行しました。3月末から4月にかけて、約300万円を高配当株に追加投資しました。独立直後で収入が不安定な中での追加投資は、かなりリスキーな判断でしたが、20年間の投資経験から得た直感を信じました。
この判断は結果的に大正解でした。4月以降、米国株市場は急激な回復を見せました。FRBの大規模金融緩和や政府の経済対策が功を奏し、株価は短期間で元の水準まで戻りました。私が底値で追加投資した銘柄も、半年後には30%以上の含み益を抱えていました。
コロナショックから学んだのは、市場の暴落は長期投資家にとって最大のチャンスだということです。ただし、そのチャンスを活かすためには、暴落時に投資できる余裕資金と精神的な余裕が必要です。20年間の投資経験と、Apple株売却による資金的な余裕があったからこそ、この機会を活かすことができました。
現在のポートフォリオと25年で分かった真実
現在44歳の私のポートフォリオは、高配当株8割、ハイテク株2割という構成になっています。高配当株の中心はVYM、HDV、SPYD、VTIなどの米国ETFで、個別株としてはコカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、プロクター・アンド・ギャンブルなどの配当王・配当貴族銘柄を保有しています。
ハイテク株の部分には、Microsoft、Google(Alphabet)、Amazon、そして少しだけAppleを再購入して保有しています。完全に安定志向に振り切るのではなく、成長性も取り入れたポートフォリオを心がけています。
現在の投資資産は約3,500万円になりました。年間の配当収入は約120万円で、月平均10万円程度の不労所得を得ています。この配当収入があることで、独立後の生活に大きな安心感を得られています。フリーランスとして収入が不安定でも、毎月一定の配当が入ってくることの心理的安定感は計り知れません。
25年間投資を続けてきて、最も実感しているのは複利の威力です。19歳で始めた投資が、44歳になった今、当初の投資元本の何倍にも成長しています。特に実感するのは、20年目を過ぎた辺りから加速度的に資産が増えていることです。
複利の効果を数字で説明するのは簡単ですが、実際に体験するのは全く別のことです。最初の10年間は、毎月積み立てても資産の増加ペースはそれほど劇的ではありません。むしろ、相場の上下に一喜一憂することの方が多いの可能性があります。
しかし、15年、20年と続けていくうちに、明らかに資産の増加ペースが変わってきます。配当の再投資効果も相まって、雪だるま式に資産が膨らんでいくのを実感できるようになりました。年間の投資収益が、サラリーマン時代の年収を上回る年も出てきました。
時間の威力も同様です。ITバブル崩壊やリーマンショック、コロナショックなど、その時々では「今回は違う」「もう回復しないかもしれない」と思うような大暴落も、長期的な視点で見れば一時的な調整に過ぎませんでした。むしろ、そうした下落局面が長期投資のリターンを押し上げる要因になっていました。
投資を始めた19歳の頃、25年後にこれほどの資産を築けるとは想像もしていませんでした。途中で投資をやめたくなったことも数え切れないほどありました。それでも続けてこられたのは、転職や独立など人生の変化があっても、投資だけは続けるという軸を持ち続けたからだと思います。
現在私が運営している「konkatsu.online」も、この投資からの安定収入があるからこそ、収益を度外視して本当に良いコンテンツを作ることに集中できています。投資は単なる資産形成の手段ではなく、人生の選択肢を広げてくれる武器だと実感しています。
これから投資を始める人へ伝えたいこと
25年間の投資経験を振り返って、これから投資を始める人に最も伝えたいことは、「時間を味方につける」ことの重要性です。私が19歳で投資を始められたことは、今思えば最大の幸運でした。もし30歳、40歳で始めていたら、ここまでの成果は得られなかったでしょう。
投資の世界では、知識や技術よりも時間の方がはるかに重要です。どんなに優秀なファンドマネージャーでも、時間を買うことはできません。しかし、普通の人でも、時間を味方につけることで驚くような成果を得ることができます。これが長期投資の最大の魅力です。
金額の大小は関係ありません。私も最初は月3万円から始めました。重要なのは、毎月決まった金額を投資し続けることです。相場が上がっているときも下がっているときも、機械的に積み立てを続ける。この単純な行為が、25年後に大きな差を生みます。
銘柄選びについても、最初から完璧を目指す必要はありません。私も最初はソフトバンクの個別株から始まり、インデックスファンドを経て、最終的に高配当株中心のポートフォリオにたどり着きました。投資を続けていく中で、自分なりの投資スタイルが見えてきます。
大切なのは、「完璧なタイミング」を待つのではなく、「今すぐ始める」ことです。私がソフトバンクを買った1999年は、結果的にバブルの頂点近くでした。その後の暴落で大きな含み損を抱えましたが、それでも続けたからこそ今があります。
相場の暴落は必ず起こります。ITバブル崩壊、リーマンショック、コロナショック、私はすべてを経験しました。その都度、「今回こそ終わりかもしれない」と思いましたが、市場は必ず回復しました。むしろ、暴落は長期投資家にとって最大のチャンスです。
ただし、暴落を乗り切るためには精神的な準備が必要です。投資資金は必ず余裕資金で行うこと、生活防衛資金は別途確保しておくこと、短期的な値動きに一喜一憂しないこと。これらの基本を守ることで、長期投資を継続することができます。
最後に、投資は人生を豊かにするための手段であって、目的ではありません。私が独立できたのも、好きな事業を始められたのも、投資からの安定収入があったからです。お金のためだけの投資ではなく、自分の人生をより良くするための投資を心がけてください。
25年前の19歳の私に声をかけられるなら、「その調子で続けろ、25年後に必ず報われる」と言ってあげたいです。これから投資を始める皆さんも、25年後の自分を信じて、今日から一歩を踏み出してみてください。時間はあなたの最強の味方になってくれるはずです。


